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東京高等裁判所 平成4年(行コ)19号 判決 1992年10月26日

千葉県佐倉市新町五〇番地一

控訴人

小澤功子

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被控訴人

国税不服審判所長 杉山伸顕

右指定代理人

川田武

仲田光雄

佐々木正男

羽柴宗一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

1  原判決を取り消す。

2  小澤美惠子の昭和六三年分所得税に係る還付金につき東京国税局長がした充当についての審査請求を、被控訴人が平成三年五月一七日付けで棄却した裁決を取り消す。

(被控訴人)

本件控訴を棄却する。

二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人)

1  亡小澤美惠子は昭和六三年度所得税をゼロ円とする確定申告をし、原処分庁(成田税務署長)は右所得税額を一〇万九八〇〇円とする更正処分をしたが、後に一部取り消して六万一七〇〇円の税額を決定したので、四万八一〇〇円の還付金が生じたところ、東京国税局地用が当該還付金につき充当処分をしたものである。このような本件充当処分はまさに行政庁が公権力の行使としてした行為に当たるので、原審が本件訴えを却下するとの判決をしたのは違法である。

また、控訴人が本件充当処分についてした異議申立て又は審査請求に対し、成田税務署長、東京国税局長及び国税不服審判所長は、これを受理して審理しているのであるから、本件充当処分に処分性がないとの原審の判断は、この点からしても誤っている。

2  国税通則法九三条一項は、国税不服審判所長は、審査請求書を受理したときは、相当の期間を定めて、審査請求の目的となった処分に係る行政機関の長から答弁書を提出させるものとすると規定している。本件において、東京国税局長が七か月の長期間にわたり答弁書を提出しなかったことは同規定に違反している。ところが、被控訴人にこの旨の控訴人の主張につき審理を尽くさないまま裁決したから、本件裁決には裁決固有の瑕疵がある。

(被控訴人)

1  被控訴人は、以下の理由により、充当の処分性を肯定すべきものと考える。すなわち、

(一) 充当は、その実質が対等な当事者間で行われる相殺と類似するとはいえ、行政庁が一方的にする行為であって、納税者側からの相殺は禁じられている(国税通則法一二二条)ばかりでなく、民事法上の相殺は当事者の意思表示により禁止することもできる(民法五〇五条二項)のに対して、充当は、納税者の意思にかかわらず行政庁の権能としてこれをすることができるなどの点において異なる。更に、行政庁は、充当に際して、行政庁としての一応の判断をもって具体的な充当額を算出、決定するものであることをも併せて考慮すると、充当は、行政庁が優越的な地位に基づき公権力の発動として、直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定する行為であるといわざるをえない。

(二) 国税局長等が充当に際して納税者に送付する国税還付金充当通知書には、異議申立て及び審査請求に係る教示の記載があり、行政庁たる国税当局においても、充当を不服申立ての対象となる処分として扱っているものと認められる。

(三) 充当の取消しを求める審査請求がされ、実質審査をした結果に基づいて充当を取り消した場合には、審査請求人は、還付金返還訴訟を提起するまでもなく、還付金の還付を受けられることとなり、簡易迅速な救済を図るという不服審査制度の目的を達することができる。

2  控訴人の主張2は、争う。

三  証拠

証拠関係は、原審の証拠関係目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実(原判決引用)は、当事者間に争いがない。

二  当裁判所も、本件充当は国税通則法七五条一項二号の国税に関する処分には当たらないと判断する。その理由は、原判決三枚目裏九行目から一〇行目へかけての「一号の税務署長」を「二号の国税局長」と改め、同五枚目表八行目の冒頭から同裏六行目の末尾までを次のとおり改めるほかは、原判決理由二説示のとおりであるから、これをここに引用する。

「2 控訴人は、本件充当は行政庁が公権力の行使としてした行為であるから、処分性があると主張し、被控訴人は、充当は実質上は民事法における相殺に類似するが、行政庁がその権能に基づき一方的にする行為であり、また、充当に際しては、行政庁としての一応の判断をもって具体的な充当額を算出、決定するものであることに照らすと、充当は、行政庁が優越的な地位に基づき公権力の発動として直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する行為として処分性を有するとの意見を述べるので、判断する。

(一)  本件において東京国税局長が充当した還付金は、亡小澤美惠子(平成二年三月二一日死亡)の昭和六三年度所得税債務の内容を確定する更正処分により、法律上正当な原因に基づき納付されたものであったが、それによって確定された税額が過大であることが判明したため、過大である部分については法律上の原因を欠くとして再更正処分により減少された税額に係る金員であり(乙第一号証、弁論の全趣旨)、国税通則法五六条にいう過誤納金のうちの過納金に該当するものである。したがって、本件還付金は、誤納金(更正処分をまつまでもなく当初から納税義務がないのに納付された金員)が直ちに不当利得としてその返還請求をすることができるのとは異なり、過納の基礎となっている更正処分(本件では再更正処分により一部取り消された。)の取消しを得た上で還付金請求(任意に返還が得られないときは、その訴訟の提起)をする性質のものである。

(二)  ところで、過納金を還付すべき場合であって、当該納税者に未納付の租税があるときは、租税行政庁は、国税通則法一二二条による相殺禁止の原則にかかわらず、同法五七条の各規定により充当を行うべきこととなる。充当は民事法上の相殺に類似した制度であるが、租税行政庁の側のみから納税者の意思にかかわらず一方的に行われる点で民事法上の相殺と趣を異にするので、この点を重視すれば充当の処分性を認めることも可能となろう。しかしながら、充当は、両当事者間において弁済期の到来した債権が相対立している場合の清算方法として普遍性を有する民事法上の相殺とその本質を同じくするものであり、国税通則法の規定は、大量の納税義務確定の過程で生ずる納付及び還付の各手続を簡易迅速に処理する目的で、納税者の側からの相殺は禁止するが国の側からのそれは認めることとしたものに過ぎず、充当が国の側からしか行えないということは、何ら充当の右のような本質を変更するものではない。更に、充当は租税行政庁と当該納税者との間で未納付税額の現在高を確認する点で意味があるが、対世的に第三者との関係でこれを公定する必要性は乏しい。そして、一定の要件が備わるときは当然に充当を行うべきものとされているので、右要件の具備についての租税行政庁の判断はあるものの、行政処分に通常伴うものと考えられる租税行政庁による処分の必要性とその内容の正当性についての判断が入る余地はなく、充当の当否は、これを処分の効力といった観点から見るときは、自働債権に相当する未納付の国税債権の基礎となった納税申告ないし修正申告又は賦課処分ないし更正、決定の処分(以下、賦課処分以下を一括して「課税処分等」という。)の正当性と、受働債権に相当する過納金還付債権の基礎となった課税処分等の正当性とによりおのずから定まるものであるから、違法不当な充当の効力を争うためには、基礎となっている課税処分等の正当性を吟味する必要があり、かつ、これをもって足りるのであり、それ以外に、充当自体に処分性を認めてこれを検討の対象とする必要性はないものということができる(未納国税が全くない場合など、充当適状(国税通則法五七条二項、同法施行令二三条)が備っていないのに充当がされ、又は充当の順序を違えることが稀にあるとしても、以上のような充当の性質を考えれば、そのような充当がされたことにより、本来生じない効果が生ずると考えるべきではなく、そう考えることによる不都合もない。)。

(三)  次に、還付金請求に対する期間制限の観点から、この問題を検討する。

まず、還付金の実体が誤納金である場合においては、納税者は前記のとおり、直ちにその還付を請求できるが、仮に行政庁がこれに応じないときは、五年の時効期間以内に還付金請求訴訟を提起することができる。その場合、右の性質を有する還付金を対象として充当がされた場合において、充当自体を処分と解するとすると、還付金の支払を求めて出訴しようとする者は、国税通則法七七条所定の期間内に充当に対する不服申立てをしなければ請求権を失うこととなるが、そのような結果を相当ということはできず、この点も、右の場合の充当を処分と解することの相当でないことを裏付けるものである。本件のように還付金の実体が過納金である場合においても、充当の基礎となっている課税処分等を争うことなく、充当自体の当否を争うことができる場合(そうした場合の説明について前記(二)括弧内の判示参照)には、充当を処分と解することが相当でないことは、右の誤納金について判示したところと同様である。

もとより、充当の当否を争うためには、大部分の場合において、その基礎となっている課税処分等を争う関係で、そのための国税通則法七七条による不服申立期間の制限に服することになるので、その点では直接課税処分等を争う場合における権利行使期間の制約に服することになるが、だからといって、その場合の充当自体が処分の性質を有することになるわけではない。

(四)  右の点に関し、控訴人は税務署長、東京国税局長らは控訴人の異議申立て及び審査請求を受理し、審査したのであるから本件充当には処分性があると主張し、被控訴人は、充当が国税通則法所定の不服申立ての対象となる処分であり、充当の取消しを求める審査請求の審理を通じて簡易迅速な救済が図られていることに照らして、充当の処分性を肯定すべきであるとの意見を述べている。そして、国税通則法第八章所定の不服審査によれば、「国税に関する法律に基づく処分」で税務署長、国税局長等がしたものについては、異議申立て、審査請求等の不服申立てが認められており、弁論の全趣旨によれば、同法五七条の規定による充当も、実務上そのような処分として取り扱われており、審査請求等の審理を通じて納税者の救済が図られていることが窺われる。

確かに、充当についての不服申立てがあると、租税行政庁としてはその基礎となっている課税処分等の正当性につき再検討することとなり、その結果一定数の事例において課税処分等につき更正等の処分が行われ、充当の計算関係が訂正されることがありうるので、そのような取扱いは、納税者の簡易迅速な救済の観点から歓迎すべきことであるとはいえる。しかし、右に判示したように、充当の性質が処分ではない以上、充当そのものについての審査請求を認めることはできない(例えば、更正処分をするまでもなく、未納の国税債権が全くないのに誤った充当がされたときは、課税処分等に対する不服申立てについての期間の制限にかかわらず、還付金の請求をすることができると考えられるので、以上のように解しても納税者に不利益はない。)税務実務上、充当についても審査請求を認める扱いがされているのは、納税者の申出により充当適状の具備や計算関係の正確さを再検討するほか、充当についての審査請求がその実質において課税処分等に対する審査請求を含むことが多いと考えられることから、右審査請求について課税処分等の正当性をも審査していることが多いものと解すべきであり、ただ、充当の結果が国税通則法五七条三項により通知されることから、課税処分等の審査のほかに、納税者にとって着目しやすい充当についても、実務上付加的に審査請求をすることを認め、もって多数納税者の納税義務の範囲を早期迅速に、かつ一括して確定するよう配慮した取扱いをしているものと解するのが相当である。そうすると、充当について同法所定の救済が実務上認められていることをもってその処分性を肯定する理由とするには足りないといわざるをえず、その点は、実際に審査請求が受理された本件充当についても異なるところはない。

以上を総合考慮すると、充当を行政庁が公権力の行使としてする行為であるということはできない。

3 以上のとおり、充当には処分性がないが、税務の実務においては、充当に着目して行政上の救済を求める納税者に対して国税通則法所定の不服申立てをすることを認めていること、しかしその実体は、充当に先行する何らかの課税処分についての不服申立てであることが多いと考えられ、租税債務の早期迅速な確定が行政庁にとっても納税者にとっても利益であることはいうまでもないから、充当についての不服申立ての実質が、納税者の任意の選択に基づき、充当の基礎となっている課税処分等についてされたものであることを前提とする限りは、このような実務上の処理をあえて違法とするまでの理由は見当たらない。そうすると、充当に対する異議申立てないしその決定に対する審査請求は、充当の基礎となっている課税処分を争う趣旨のものとして解しうるときは、その限度において適法であるが、充当そのものを対象とするときは不適法であることになる。

そうすると、本件充当に対しては、充当に処分性がない以上、充当そのものを対象としてその取消しを求める行政訴訟を提起することは許されないというべきである。

4 しかし、本件においては、控訴人は、本件充当自体の取消しを求めているのではなく、本件裁決に固有の瑕疵があると主張し、その取消しを求めているので、更にその点について検討をした上、その訴えの利益の有無につき判断する。

前記のとおり、充当そのものを処分とし、これを対象としてその取消しを求める訴訟を提起することは許されない。しかし、そのような場合においても、審査請求にかかる審理及び裁決の過程における手続上の違法不当がないとは断言できないから、裁判所は、そのような瑕疵の有無につき審理判断すべきであるとの立場をとり、充当の当否を争う裁決取消請求訴訟に訴えの利益を認める余地も、理論上ないとはいえない。

しかしながら、仮に、右のように考えたとしても、控訴人が本件において本件裁決固有の瑕疵として主張するのは、原処分庁である東京国税局長が、被控訴人が指定した期間を超えて七か月の間答弁書を提出しなかったという点だけである。国税通則法九三条一項は、国税不服審判所長に対し、一定の期間を定めて原処分庁に答弁書を提出させるべき旨規定しているが、仮に指定された期間内に答弁書が提出されなかったとしても、その一事によって当然に裁決が違法性を帯びるものと考えることは到底できない。したがって、本訴請求に理由がないことは、控訴人の主張自体によって明白であり、事実審理をまつまでもないし、あえて原審に差し戻してこの点についての判断をさせる必要もないというべきである。」

三  以上の判示によって考えると、本訴請求について訴えの利益は認められないと考えるとすれば、原判決を維持して、本件控訴を棄却することになる。他方、本訴請求について訴えの利益を認める余地も理論上ないとはいえず、そのように考えるとすると、本訴請求が理由のないことは明白であるので、右請求にかかる訴えを却下した原判決を取り消し、当審において本訴請求を棄却する旨の判決をすべきことになるが、控訴人に対する不利益変更を避ける趣旨で、右判決をすることはできない。そこで、本訴請求について訴えの利益を認めるにせよ、認めないにせよ、結局は、本件控訴を棄却するにとどめるほかはない。

よって、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤滋夫 裁判官 伊東すみ子 裁判官 水谷正俊)

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